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広島高等裁判所 昭和30年(ラ)14号 決定

抗告人 株式会社磯部商店 代表取締役 秋成常雄

相手方 本田栄春

主文

原決定を取消す。

本件を山口地方裁判所下関支部に差戻す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載の通りである。

相手方所有の本件不動産に対し、すでに下関市において滞納処分による差押をなし昭和二十八年九月十日その差押の登記のなされていることは、本件記録上明白である。ところで、滞納処分により差押えられた不動産に対し、更に競売開始決定をなしこれを差押えることは許されないものと解せられる。同様に、右不動産の強制管理を目的とする仮差押も、滞納処分の執行の妨げとなるから、国税徴収法第十九条に照し、その許されないことは明らかである。しかし単に仮差押命令の登記簿記入を執行方法とする仮差押は、滞納処分の執行につき何等の妨げとならないのみならず、滞納処分による公売が実施せられた場合には右仮差押はその効力を失い、仮差押の登記は当然抹消せられることになるのであるから、滞納処分により差押えられた不動産に対し右の如き仮差押を許しても何等実害の生ずるおそれはない。一方、税金完納その他何等かの理由により右不動産に対する差押が滞納処分手続の中途において解除せられた場合に、若し右の如き仮差押の登記が存在しないと、債務者が右不動産を他に譲渡し又はこれに担保物権を設定したときに、債権者は右不動産に対し仮差押をなす機会を失い又は仮差押をしても右担保物権の存するためにその目的を達し得ないこととなる。従つて、滞納処分により差押えられた不動産に対する仮差押を許容すれば、差押の解除せられた場合、債務者は右仮差押の効力によりその不動産を処分し得ないこととなり、債権者は将来行うべき強制執行を保全する目的を達し得る利益を有することになる。以上に説明したところから判断すれば、国税徴収法第十九条に示された租税優先主義と一般債権者の保護とを調和せしめる見地より、右の如き仮差押を許容するのが相当である。

しからば抗告人の本件仮差押申請を不適法として却下した原決定は失当であつて、これを取消すべきものである。なお、本件申請につき更に仮差押の理由を疏明させるため、本件を原裁判所に差戻すこととし、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

抗告の理由

一、抗告人が前記仮差押命令を申請したのに対し山口地方裁判所下関支部は「本件記録添付の建物登記簿抄本によれば本件不動産についてはすでに下関市のため昭和二十八年九月十日市税滞納処分による差押の登記がなされているからさらに本件不動産に対し仮差押命令をなすことは許されないものと解するが相当である云々」としてこれを却下した。

二、然し乍ら仮差押は将来行われる執行が著しく困難を伴う状況にあるときこれをなすものであるから例令先に差押がなされていても仮差押したからと言つて差押債権者に対し何等実害がなければ許されて然る可きである。それを差押が既にあるからと言つて許されないものと解すことはあまりにも消極的解釈である。何故ならば下関市は滞納処分として昭和二十八年九月十日差押をなし爾後今日迄一年七ケ月其の儘競売することなく放置しておる今後この状態が続く限り債権者は打つ手もなく徒らに袖手傍観の外はないからである。加之債務者に於て差押のまま所有権移転をなし後に差押債権者に弁済するか又は巧妙なる他の手段により合法的にその差押を利用される虞が少なくないのである。この様な事が許されるなれば確定債権を有しない債権者は堪えず不安なる状態におかれ果ては債権回収は不能となり一大支障を来すものであるから原裁判所の決定は甚だ不当である。

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